— 生きる力としての夢 —

POWER OF DREAM

脊髄損傷 — 苦悩と困難の日々。
しかし、フルマラソンを完走してみたい。
そんな思いが、奇跡のきっかけになった。

プロレーサー時代の城之内信吾
— Chapter 1 —

レースに懸けた青春

レースを続けるか・・・仕事に専念するか・・・二十四歳の私は、大いに悩んだ。 職場の仲間は最高で、本当に仕事が楽しいと思えていた。 しかし、オートバイのレースには二十代の今しか挑戦できない。結論が出せなかった。 そんな私の背中を押した言葉。それは「後悔」。一度きりの人生、後悔だけはしたくなかった。 その想いが、私の背中を押した。そして、私は決断した。私は二十代の人生をレースに捧げる覚悟をした。
プロのレーサーになるために・・・・・・。

大事故からの復活・リハビリ期
— Chapter 2 —

大事故からの復活

運命の瞬間・・・・
S字コーナーの勝負所で、前のライダーを抜こうとしたその瞬間、そのライダーのマシンと私のマシンが接触。私はコースの外に飛び出し、真っ正面からタイヤバリヤに激突。私の身体はタイヤバリヤの下に入り込み、そのまま意識を失う。そして、肺と心臓が動きを止めた・・・・。
復活への「奇跡」は事故の瞬間から、ここに至るまでに、すでに始まっていた。

フルマラソン完走へ
— Chapter 3 —

フルマラソン完走へ

目標が見つからないまま日々が過ぎていったある日、ふとあるテレビ番組が目にとまった。ハワイのホノルルマラソンの特番である。ランナーひとり一人が、様々な目標を持って参加する大会である。しかも制限時間がない。私は、それまでマラソンという競技にまったく興味はなかった。そのホノルルマラソンの大会趣旨を知り、挑戦してみたいと思い始めた。退院するときの「本を書くべきだ」という気持ちが再びよみがえってきた。

— Personal —

城之内信吾という人

経 歴

現在の城之内信吾 — リハビリのために上った丘にて

1970年名古屋市生まれ。高校時代にオートバイと出合い、プロのレーサーをめざす。1996年、レース中の事故で脊髄損傷。車椅子生活を宣告されるも、リハビリに励み歩いて退院。2009年「東京マラソン」でフルマラソン完走。

家 族

妻のマイさんと

最愛の妻、マイ。身体にハンディのある私を、いつも献身的に支えてくれます。ボディーケアのセラピストとしても活躍し、その確かな手と温かな心に、私は何度も救われてきました。妻がいたからこそ、今の私がいます。

新天地

新天地・宗像大社(福岡県宗像市)

名古屋を離れ、九州・福岡県宗像市三郎丸へ。宗像大社が見守るこの新天地から、私の生き様を通じて、人々に勇気と希望を伝えていきたい。生きる力としての夢――POWER OF DREAM。その言葉を、これからも伝え続けます。

— Publication —

書籍「七つの奇跡」

フルマラソンへの挑戦 / 城之内 信吾 著

生死を彷徨う凄惨な事故から、フルマラソンへ。絶体絶命の窮地で私の命をつないだのは、居合わせた人々のとっさの判断でした。過酷なリハビリを支えたのは、仲間との絆でした。足に不安を抱えながらも東京マラソンの出場権を掴み、幾つもの前哨戦を越えて、念願のスタートラインへ。苦難の迷路を抜け出し、走ることを通じて生きる喜びと達成感を取り戻していく——その再生の道のりを、七つの「奇跡」とともに綴りました。

— Contact —

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